む?意外、だがしかし

日本の普通の人々は、思ったより、イラクの拉致被害者に対して
批判的なんですね。

一方、現在所在不明になっているジャーナリストら2人については
いまのところさほど非難されてません。

事件発覚直後の家族たちの強圧的なコメントが影響しているのかな、
とも思いましたが、ニュース発信直後に批判的なコメントを自身の
Weblogに公開している人も見られます。


私も基本的に批判的な立場なのですが・・・

私が今、気になって考えているのは、
「イラクが危険であっても、ジャーナリストの役割は誰かが
果たさなければならないのではないか」ということです。
いいかえれば、
「ジャーナリストが、身の危険、あるいは日本の外交への影響に
配慮して現地におもむくのを止めるのが、はたしてよいのかどうか」
ということです。


民主主義国家同士の大規模戦争であった第二次世界大戦下の
ジャーナリズムと政策の関係、
従軍カメラマンが多く登場したベトナム戦争以降の戦地ジャーナリズムと
政策の関係、
冷戦以降、「戦争」が国家同士の対立ではなく、主に「内戦」となったが、
この状況下でのジャーナリズムと政策の関係。さらにこの時期から、
国際機関も戦争当事者になってきている。

上記のような時期と状況下で、ジャーナリズムと政治はどういう
関係にあったのか、どうあるべきなのか。
資料や研究にあたって、ちょっとじっくり考えたいところです。


「行ってよい」「行ってはいけない」という二元的な議論ではなく、
中間点に着地しないといけないのではないか、と予想しています。
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by izagon | 2004-04-16 19:07 | 沈思黙考


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