なんだそりゃ

いくつかのWeblogの、靖国神社関係の投稿を読んでいると、すごく
気分が悪くなります。靖国神社参拝について否定的な人の見解をみると、
どれも「死者への追悼」を単純化しすぎているように感じるんですよね。

親族、知人、友達の死を悲しむこと、
若くして死んだ人のことに思いをはせること、
「参拝」という形式を踏むこと、
何十年経っても軍隊時代の仲間と付き合いが続くこと、
座敷に、日露戦争で死んだご先祖の写真が飾られていること、

そうしたもの全て、きわめて重層的な感情と行為と生活の塊すべてが
「追悼」なのだと私は思うのです。


まあ、仏壇も無く遺影も無い、核家族の家庭に育った人たちとは、
この感覚は共有できないのかなあ、とも思っているのですけどね。
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by izagon | 2005-06-20 22:15 | 沈思黙考


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