『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』

読了しました。

序章でオタクと「萌え」という近年よく用いられる言葉の語義が
解説され、第1章で秋葉原のここ20年の動向を詳述されます。

第2章でオタクの趣味の構造が語られています。
基本的に「マンガオタク」「アニメオタク」という細分化にはあまり
意味がなく、「オタク」という精神構造と趣味の構造がある、
という分析です。

第3章では都市論/建築思想史を援用するかたちでオタク文化が
現代社会の一つの必然、一般的な傾向の一事例であり、
それだけが特殊なものではないことが述べられます。
第4章は航空機デザインの分野の動向から、第3章での議論を
さらに強調しています。

第5章は総論であり、都市論としての総括となっています。

広範な議論をしながら明晰な分析となっており、すぐれた
文化論/都市論/オタク論だと思いました。

私は他の「オタク論」「都市論」は読んだことがありませんし、
自身がオタク的世界から離れてずいぶん経つので、
本当のところこのように断言してよいのか分かりませんが、
現在のオタクとその動向を理解するのに最適のテキストだと
思います。


以下は、かなり個人的な感想です。

私はかつてオタクでした。兄がオタクだったので(今も
そうですが)、その薫陶を受けるかたちでオタクになって
いたのです。高校に入ってその影響を脱し、立派な肉体派に
なったのですが、同時に自身の「オタク的心性」が、永続的な
ものであるという自覚を持っていました。
ありていに言ってしまえば、ブランドものの洋服や小洒落た
雑貨やディズニーランドやら、そういったものよりは、オタク的
文物への親近感がありましたし、自身のアイデンティティの
一部をなしていると思っていたのです。

しかし、最近秋葉原(近所なのです)をしばしば訪れ、
またこの本を読んで近年のオタク社会の動向を見聞きするに
つけ、彼らの文化に対する違和感が強まってきています。
もう私はオタクではない、少なくとも、彼らと同じ種類の
オタクではない、そう思います。
その結果、若干アイデンティティの危機を感じてしまうの
ですけどね。一般社会の人とも違う趣味を持ち、またオタク
社会とも距離がある感じです。やれやれ、どこに立脚した
ものか。
[PR]
by izagon | 2004-04-29 10:45 | 読書日記


<< 紀伊国屋なんか、もう行かない 年金制度改革 >>