思い上がり

最近は「子供」とは書かずに「子ども」と書くのが流行なんだそうで。

「子どもには『子どもの権利条約』で権利が認められている。
 『供』には大人の付属品のような意味が込められているから使う
 べきでない」

ということらしいのですが、思い上がるなよと言いたいですね。

というか、そんなこと言い出したら、ひらがなでしか物が書けなく
なってしまうでしょ(笑)。
どんな言葉にも複数の意味があり、その意味から連想される意味も
大きな広がりを持ちます。一つの意味に絞っても、世の中が変われば
価値観も変わるわけですよ。さらに、「ども」という音自体に「供」が
含意されているわけで。
「子供」を「子ども」と書き換えるくらいで何事かが変わるなどとは
笑止千万です。

そもそも、何十万何百万という人間が、何十年何百年と使ってきた
日本語の、その歴史の中で使われてきた「子供」という言葉について、
そう簡単に意味を組み替えることなどできるものでしょうか。
思い上がるにもほどがある、と言ってやりたいです。


おっと、「子供の権利条約」の解釈について他人に聞いてみるだけのつもり
だったのに、うっかり変なこと書いちゃった。
[PR]
by izagon | 2005-08-15 22:58 | 沈思黙考


<< 教師って信用できますか? 巧言令色、すくなし仁 >>