それほど大それた話ではないのでは?

三菱話の続き

大企業にもなれば、企業での意思決定というのは、もっとドライで
機能的なものになっているのではないか、と思うのです。


>「そういう選択肢を現実に選択させるような構造」

元記事を拝見するに、その構造の根本に「営利企業」という構造がある、
ということを見ていられるように推察するのですが、今回の事件は
それほど大それたものではないと思います。
単に「古い体質」としか言いようが無いのではないでしょうか?

同様の問題が起きたとして、たとえば、トヨタ、日産、ホンダ、あるいは
富士重工が隠蔽に走るとは思えないんですよね。
リコールによる株価への影響にしても、新聞の経済欄を1ヶ月も
眺めていればいくらでもリコール案件は見つかるわけで、
「リコール隠し」のダメージと比べるまでもなく、その影響など
かなり小さいものと考えられます。
最近は株主貢献を求められているとはいえ、日本の経営者が自己の
責任を問われるほどのニュースになるとは思えません。

また、ここ数日の報道によれば、今回の事件のある段階で、「経営しか
分からない経営トップ」だけでなく、「技術の分かる(技術をやってきた)
経営トップ」が隠蔽工作に加担しているようです。
こうなると「技術が分からない経営トップが僅少な情報下で間違った
判断を下した」という解釈も難しいのではないかと思います。

全般的にいって、世界に知られる企業の経営トップの判断としては
いかにもお寒い判断としか言いようがない、と思います。
こうした判断を(なんらかの社会・経済的な「構造」によって起こされる)
一般に陥りがちな過失、とみなすのは行きすぎではないでしょうか。
せいぜいがところ、三菱自動車に残存した古い「体質」に還元する
までが妥当だと思います。


その意味では、浅田農産のケースと並列に論じるべきではないのかも
知れません。
浅田農産のケースは、経済的な打撃を恐れてギャンブルを行った、
と見るのが妥当でしょう。
確かに、それは合理的な賭けだったといえなくもないです。

しかし、今度は別の理由で、私は浅田農産に対しても批判しないで
いられないのです。
それについては長くなったので別の機会にします。
[PR]
by izagon | 2004-05-10 16:27 | 沈思黙考


<< 浅田農産事件について農家の子が... 選択基準は、重さ >>