現代の韓国語(政策)についての断片的所感

『嫌韓論』以来、韓国語およびハングルの成立と普及の歴史について
論じている書籍を(一般書店の店頭でも)散見するようになりました。

これに関して所感を。会社に来る途中、2分くらい考えた・思い出した
ことなので断片的です。

現代の韓国語について、もっとも悲劇的(というか喜劇的というか)な
出来事は、韓国がファナティックな愛国心のために漢字交じり表記を
放棄したことだと思います。

韓国語には、漢字を韓国読みした語彙が少なくありません。
たとえば「図書館」は「トソグァン」です。「感謝」は「カムサ」です。
これほど(日本人にとって)分かりやすい語が多いわけではありませんが、
いくつかのルールにのっとれば、多くの漢字語を読み替えて韓国語として
発音することができます。

現在、韓国では、漢字を初等教育では扱っていません。ですから、
新聞や雑誌では漢字が使われることは少ないです。専門書籍では、
漢字交じり表記はよく見られます。

問題は、漢字教育を受けた世代とそうでない世代の間で、コミュニケー
ションの断絶が起きることです。書籍という過去の遺産を、十分に
利用できないというのは、社会にとって悲劇的です。わざわざそんな
政策的選択を行った理由を(傍観者的に眺めると)喜劇以外の何ものでも
無いわけですが・・・


ただ、日本でも同様の事態があったことは記憶しておくべきでしょうね。
当用漢字・常用漢字の採用が、日本人の文化と教養の面で影響を
与えたことでしょう。私は常用漢字以降の人間なので、正しくその影響を
評価できません。福田恆存の議論を、今読んでみると、示唆的かも
しれないな、と思う次第です。
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by izagon | 2005-12-22 12:45 | 沈思黙考


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