試練をどうとらえるか

個々の選手についてはともかく、監督の選択という点について。

「この4年間、ジーコに監督をやらせたのがダメだった」
というスポーツジャーナリスト、評論家を僕は信用しません。

「日本が(自国開催でない機会に)決勝トーナメントに進めるようになるために、
 今回の経験は必要だった」
と捉えるべきだと思う次第です。

最初のワールドカップ、直前のバタバタの中で、当時は国際的にも(国内的にも)
まだ実績の少なかった岡田監督を起用。やむを得ない結果でした。

次の自国開催のワールドカップ、国際経験は豊かながら、戦術で縛りあげた
挙げ句に最後の最後で「少しだけ創造力を出して欲しい」とか言い出しちゃった
トルシエ。「勤勉で組織プレーを重視する」といわれる日本に、組織プレーだけでは
最後の窮地は乗り越えられないことを教えてくれました。

今回のジーコ。戦術が無いとか約束ごとが無いとか、もっともなことなのでしょう。
でも、選手を信頼し、自身で考え行動することを常に言い続けたことは、日本の
サッカー界に大きな意味があったことだと思います。


Jリーグが発足してまだ20年にもならず、日本サッカー界の100年計画が
スタートして間もない今、「この4年間はムダだった」などといわず、「この4年間で
得た教訓を最大に生かそう」と思わなければ、それこそムダになるのでは
ないでしょうか。
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by izagon | 2006-06-23 08:31 | 日記


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