思考停止-田中眞紀子の娘の離婚に関する週刊文春の記事とその騒動について

新聞、テレビなどメジャーな報道機関は思考停止状態です。
-「表現の自由」対「プライバシー」の問題に還元して終わりにしている
-多くの人が実際にどんな記事だったか知っているのに、「〜に関する記事」
 としか表現していない

表現の自由とプライバシーの保護、という法学的な議論は、
最初に確認するべき論点ではあるけれど、それを言っただけでは
現実の問題解決について考える上ではほとんど意味が無いと思います。
出版差し止めは妥当な判断だったのか、を考え論じる上では、まず
-誰が
-どのようなプロセスで
-どのような理由で
差し止めたのか、を報じなければ報道機関としてはおかしいです。
日本テレビの『バンキシャ!』で一部これらに関して報じられましたが、
十分とは言えない内容でした。
私が特に知りたいのは、「誰が決めたのか」なんです。
「数十万部の雑誌の出版を止める」という強大な権力を、一人の
裁判官が持ち得る、ということに衝撃を受けたからです。
今後、文春側が法廷で戦っていくようですから、「判断」そのものの
是非は問われますが、「判断した裁判官」の是非は問われない
でしょう。この点について大いに疑問があります。

また、オピニオン・リーダーとしての報道機関の役割を考えるなら、
-代替手段は無かったのか
考察する、というのも必要だったでしょう。

その他、もっと報じ、また論じなければならない点が多くあるにも
関わらず、どうしようもない原則論や、田中眞紀子本人を追っかける、
といったくだらない報道しかできなかった原因は、最初に挙げた
問題の2点目、「文春がどういう記事を載せようとしたのか」を
テレビや新聞が報じなかったことにあると思います。

雑誌そのものは結局販売されましたし、雑誌の広告など(JRの中吊り
広告などが差し替えられることはありませんでした)を通じて
その記事内容を多くの人が知っているにも関わらず、彼ら報道機関は
自己の保身のために知らないふりをしました。
実に卑怯で愚かなことだと思います。

「表現の自由」と「プライバシーの保護」という、保護すべき法益が
対立する場合、どちらを優先するべきかの判断は実際の具体的
問題について見なければならないはずです。
表現の自由はどんなときでもプライバシーの保護に優先する、
あるいはプライバシーの保護はどんなときでも表現の自由に優先する、
という原則論を展開しない限り、具体的な事実にあたらなければ
判断はできないはずです。
そうした(あまり妥当でない)思い切りをせず、慎重な立場を取るならば、
当然事実に触れないわけにいかないと思うのですが、大メディアは
それをしませんでした。多くの人が他の手段で知っているのに、、、

ああうんざり、ということです。
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by izagon | 2004-03-22 08:35 | 沈思黙考


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